1. はじめに:過去一番読まれた「大阪の税理士逮捕」の記事を振り返って
当事務所のブログで過去最も多くのアクセスをいただいたのが、(大阪の税理士が社会保険労務士法違反で逮捕された件について / フジハラ税理士社労士事務所)という記事でした。
この事件は、大阪府の税理士法人の代表税理士が、社会保険労務士会からの警告やマスコミの取材を受けながらも、無資格で社会保険の新規適用や算定基礎届、労働保険の年度更新などの社労士独占業務を有償で請け負い続け、逮捕に至ったという衝撃的なものでした。
当時この記事が多く読まれた背景には、同業者(税理士・社労士)の驚きだけでなく、「もしかして、うちが頼んでいる税理士さんも違法行為をしているのでは…?」という経営者の方々の強い不安があったからに他なりません。
あれから時間が経ちましたが、残念ながら現場ではいまだに「税理士による社労士業務の無資格代行」や「社労士による税理士業務の無資格代行」というグレーな「ついで業務」が後を絶ちません。
2. 【ディープな実態①】「税理士になんでも頼みがち」な依頼者の心理と業界の歪み
なぜ、こうした違法・グレーな受託が消えないのか。その根底には、経営者側の「ある心理」と「委ね」が存在します。
「税理士=会社のバックオフィス全般の係」という誤解
「毎月顧問料を払っているんだから、給与計算も社会保険も労働保険も全部税理士がやるのが当然」と思い込んでいる経営者は少なくありません。
追加コストの負担を嫌う「過度な一括依頼」
社労士を別途契約すれば当然、着手金や月額顧問料・手続き費用が発生します。これを避けたいがために、「税理士さん、顧問料の範囲内で算定や年度更新も『ついでに』やっておいてよ」と圧力をかけたり、実質的に無償で引き受けさせようとするケースが後を絶ちません。
税理士側も「他所に相談されたくない」「契約を解除されたくない」という心理から、違法(社労士法違反)と知りながら、あるいはグレーな「無償(顧問料込み)」という体裁で算定や年度更新に手を染めてしまう…という悪循環が生まれています。
3. 【ディープな実態②】複雑化する年末調整と、税理士事務所側の「採算性の限界」
「税理士に安く丸投げできてラッキー」と思っている経営者の方に、税理士業界の裏側にある実務上のリアリティをお伝えします。
近年、年末調整の実務は凄まじく複雑化しています。
定額減税の導入、配偶者控除・所得控除の段階的改正、住宅ローン控除の適用要件の細分化など、確認・計算事項は年々増加の一途を辿っています。
「紙の書類の丸投げ」が事務所の業務圧迫を引き起こす
本来、SmartHRやオフィスステーション、freeeやマネーフォワードなどのクラウドシステムを企業側が導入したうえで、さらに従業員自らが入力・データ連携を行えば、非常にリーズナブルかつスピーディーな処理が可能です。
しかし、多くの企業はコストやIT化の手間を嫌がり、また現実的にそのようにシステム入力が(内容の法的知識性を問わず)できない経営者・従業員いるなどの理由も関係し、煩雑な控除証明書ハガキや手書き用紙をそのまま税理士事務所へ「丸投げ」することが一般的です。
「実質ボランティア化」する年末調整実務
不備の確認や問い合わせ、手入力作業に膨大な人件費と時間が割かれ、12月の税理士事務所は完全にキャパオーバーを起こしています。この「従来どおりの格安な料金設定や顧問料の範囲内で丸投げを受けると、事務所側は人件費と作業時間が全く見合わない『採算割れ(実質的なボランティア状態)』に陥る」というのが実情です。
※弊所では適正に年末調整報酬を請求させていただいてますが、そうではなく低価格・無償で対応される税理士事務所の方が(過去の慣習から)多いかも知れません。
この収益性の厳しさを埋めるために「社労士業務まで手を出して報酬を得ようとする」のか、あるいは「顧客繋ぎ止めのためのサービスとして無資格で算定基礎・労働更新を呑み込んでしまう」のか——いずれにせよ、「適正な対価を支払わない丸投げ体制」が、グレーな違法行為の土壌を育てていると言えます。
4. 【法律の深掘り】「無償独占の税理士法」と「有償独占の社労士法」の決定的な違い
ここで、双方が侵している法律(税理士法と社労士法)の根本的な違いを整理しておきます。
| 比較項目 | 税理士法(年末調整など) | 社会保険労務士法(算定・年度更新など) |
| 独占の種別 | 無償独占(税理士法52条) | 有償独占(社労士法27条) |
| タダ(無報酬)ならOK? | 絶対NG(1円ももらわなくても即アウト) | 名目が無ければセーフ(グレーゾーン) |
| 違反の成立条件 | 報酬の有無を問わず、無資格で行った時点で違反 | 「他人の求めに応じ」「報酬を得て」行った場合に違反 |
① 社労士の「年末調整」はタダでも一発アウト(無償独占)
税理士法第52条は「税理士でない者は、報酬を得るかどうかにかかわらず、税理士業務を行ってはならない」と定めています。
社労士が「給与計算のついで」「無償サービス」として年末調整や法定調書作成を行った時点で、1円ももらっていなくても税理士法違反(即アウト)になります。
② 税理士の「算定・年度更新」に潜む抜け道(有償独占)
一方、社労士法第27条は「社労士でない者は、他人の求めに応じ報酬を得て、業務を行ってはならない」という「有償独占」です。
一部の税理士は、請求書に「算定基礎届作成費用」と明記せず、書類への税理士署名もせず、「顧問料に含まれるサービス」という体裁を取ることで、有償性の立証を免れようとします。
冒頭の大阪の事件は、マスコミや社労士会から警告されてもあからさまに「有償」で受託し続けた極端な例ですが、業界内には「名目請求や署名をしなければ追及されない」という極めてグレーな運用が潜在的に残っています。
5. 「名目がないから大丈夫」の過信が企業にもたらす実害
「名目がないからセーフ」「安くやってくれるから助かる」と高を括っていると、最終的に不利益を被るのは依頼した企業側です。
助成金の全額返還・違約金・企業名公表
無資格者が関与した助成金申請は無効となり、全額返還と企業名公表のリスクを負います。
手続きの過去遡及無効と追徴金
無資格代理による社会保険・労働保険の申告が発覚した場合、やり直しと遅延金・追徴金が発生します。
無資格作成の就業規則による労使トラブル敗訴
法改正に追いついていない形だけの就業規則では、裁判や労基署調査で会社を守れません。
警察の捜査・コンプライアンス失墜
委託先が摘発された場合、依頼主企業にも捜査が入る可能性があります。
結論:正当な対価とDXで、クリーンな経営体制へ
「税理士になんでも安く丸投げする」「名目を隠してグレーに業務を行わせる」という時代は終わりました。
システム(給与・年末調整DX)を適切に導入して無駄な手取り足を減らし、しかるべき専門家に適正な対価を支払うことこそが、結果として企業のコンプライアンスを守り、長期的・総合的なコスト削減にもつながります。
源泉所得税納付代行・年末調整・確定申告 ➔ 税理士の領域(無償でも他士業は不可)
社会保険(算定・資格取得)/ 労働保険(年度更新)/ 助成金 / 就業規則 ➔ 社労士の領域
また、複雑化する年末調整や給与計算などの現場業務においては、企業側もクラウドシステム等を活用して業務の効率化を図り、不必要な「紙と手入力の丸投げ」を減らしていく姿勢が求められます。
専門家に対して正正当当に対価を支払うか、システムを導入して自社の人的負担を軽くするか——健全なバックオフィス体制を構築するためにも、今一度自社の委託状況や業務フローを見直してみてはいかがでしょうか。